林の中のイザベラには木々の隙間からク

林の中のイザベラには木々の隙間からクービルの姿が見える。クロノ原で双頭刃を振るって王女軍兵士を散々蹴散らしたクービルの姿をイザベラは眼に焼き付けていた。一方のクービルはイザベラの事は全く知らなかったが、林の中に尋常ならざる者を感知していた。陰形の術を使って気配を消しても、尚身を守ろうとする闘争の気までは消せないらしい。ただ木が邪魔をして、クービルの側からは林の中のイザベラの姿は見えず、位置も正確には捉えられない。林の中に野獣のような殺気を感じるだけである。(何者だ。尋常の者とは思えない。が、少なくともハンベエやドルバスでは無いな。そもそも、あの二人なら一対一の状況で林に潜む事などしないだろう。) 何処の誰かは分からぬが、相当な手練れには違いない。とクービルの方でも相手を警戒していた。肌を刺す殺気から敵である事は明らかだ。林の奥深くを五感で油断なく探りながら、踏み込むか否かと、クービルは迷っていた。 相手は踏み込んでくるのを待ち受けているだろう。むざむざ敵の備えるところに身を曝せば、クービルの方が分が悪い。何より敵がどんな武器を使ってくるか分からないのである。(この者、東に向かっていたな。これほどの手練れ、もし太子の命を狙う者だとしたら、今太子の周りを固めている者達では心許ない。)太子軍に残っている面々を思い起こして、クービルは不安を覚えた。十二神将タンニル、シンドラ、チャード、師団長ドーマヌーケ、ボケルゾ、ヒヨール。どれも今対峙している正体不明の相手には及びそうにない。せめて、ボーンが太子の側近くに残っていれば、と臍を噛む思いだった。 林の中ではイザベラがクービルの動向を凝視し続けている。相手をクービルと認めた為であろうか、自分から戦闘の口火を切ろうとはしない。『声』と遭遇した時は、同種の臭いに反応したのか、行き掛かりの為か、自ら挑んで行った女豹も、クービルについてはやり過ごそうとしている気配だ。クービルならばハンベエに任せよう、と考えているのかも知れない。それでも相手が攻撃の姿勢を示したら、嫌も応も無いのであろう。半時間も両者は林の内と外で睨み合っていたであろうか。クービルは剣の鞘を握り締めたまま、林から眼を離さずに少しづつ体を街道を西の方向に動かして行き、二十メートルほど元の位置から離れてから、足早に過ぎて行った(ハンベエを倒し、王女を葬る事が優先される。殿下の事は残った者に任せるしかない。相手は一人、殿下の周りには万の兵が居るのだ。)そうクービルは思い直したようだ。(これは、ハンベエ並の危険な奴がこっちに進んで来る。ちっ、向こうも立ち止まった。アタシに気付いたね。一体、何者。)咄嗟にイザベラは街道横の林の奥深くに身を潜めて、陰形の術。気配を消して、息を殺した。イザベラをして、身の危険を覚えさせた者と来れば、もうお解りだろう。ハンベエに決闘を申し込むと言って西に進んで来るクービルだ。五分後にはイザベラが足を止めて身を隠した街道の場所までやって来て立ち止まった。腰の剣の鞘に手をやり、イザベラが身を潜めた林を眼を細めて窺っている。(あれは、クービル。ヤバい奴と行き遭ったよ。)「クービル、道々の王国の民からは王女軍の勝利を寿ぐ声ばかり聞こえて不愉快です。しかし、連中の声は侮れません。このまま、ボルマンスクまで辿り着いたとしても殿下の再起は覚束無いでしょう。こうなっては、事態を打開する方法は一つしか無いのではないですかな。」とナーザレフは何か含み事を示唆するような言い回しをした。