お茶を飲んでもう頃合いかと思ったのか

お茶を飲んでもう頃合いかと思ったのか、おもむろにハンベエはイザベラに話し掛けた。うん、と頷くようにイザベラはハンベエの眼を見た「大分前に、ハナハナ山でドン・バターの一味を潰滅させた策略。あれ、ボルマンスクの奴等にも使えないかな?「・・・・・・。敵の内懐に入るトロイの木馬ってやつの事かい?」「そっちじゃなくて、イザベラがやって見せてくれた、敵を内部対立させて自滅に追い込って方の策さ。「ああ、アレねえ。」「敵は十七万の大軍だ。正面からぶつかり合うにはこちらが不利過ぎる。逆に十七万という大所帯な対立させる種は結構有ると思うのだが。」「ボルマンスクの大人数相手にアタシ 生髮洗頭水 にそれをやれと。・・・・・・流石に大舞台過ぎてアタシ一人の手には負えないよ。それにアンタだって、タゴロロームでバンケルクとやり合った時には、似たような手も使ったんだから、やり方分かるだろう。」「いや、そうじゃなくて、イザベラ一人にやってもらうのではなくて、俺やモルフィネスにその手筋の指導と言うか、助言をもらえないかな・・・・・・と思い至ってな。」「・・・・・・イヤに謙虚じゃないか、ハンベエ。」 苦笑しながらイザベラは、考え込む仕草をした。だが、ヒョウホウ者は習性で表情をくらましてしまう。やれやれというふうに首を振ってイザベラも食事を始めた。 別に気まずい事も無いはずなのだが、三人は黙ったまま気が付けば喫茶へと移行していた。「ところで。」今度はイザベラがハンベエを訝しんで見詰める。ハンベエが黙っているものだから、「敵には、ボーンみたいな奴もいるし、サイレント・キッチンという組織もある。簡単に嵌めるのはちょっと難しいねえ。それに今までは専ら情報収集の方面の依頼だったから、そういう事はちっとも用意してないしねえ。・・・・・・まあ外ならぬハンベエの弱気だから、一晩考えては見るよ。・・・・・・遂にアタシにまで知恵を求めるほど、弱り込んだか。」呟くようにイザベラは言って、帰り支度に掛かった。ハンベエは『キチン亭』の出口までイザベラを送って行った。「何だか気持ち悪いよ。ハンベエがアタシを送ってくれるなんて。まるで貴婦人扱いだ。」ハンベエに対し訝しさの収まらないイザベラである。「そうか?・・・・・・。何か今日のお前はいつもとは全く違う磁力が有るみたいだ。問うつもりは無かったけど、最近何かいい事有ったか、イザベラ。」「ええ?・・・・・・。」「今日のお前の顔はまるで菩薩だよ。驚いたぜ。」「・・・・・・。菩薩?」イザベラはきょとんとしていた。暫くそのままだったが、やがて思い当たる事が有ったらしく、嬉しそうに笑った。「ロキがね、やっとアタシに心を開いてくれたから。」「何か有ったのか?」「いや何もないけど、アタシは人の心を操る術を会得しているから、そういうのはイヤでも分かるじゃない。あの児、アタシと居ると警戒心が抜けないと言うか、何かピリピリする所があったのよね。最近何だかそれが消えたのよ。やっと仲良くなれた。」イザベラはロキから警戒心を解かれた事で心持ちに変化が生じていたのだと自分でも思ったらしい。勿論、嵐の夜の話はおくびにも出さないが。「ああ、そういう事か。永かったなあ。」 ハンベエは素直にイザベラの為に喜んだ。「まあ、俺もお前も大曲者。敏いロキが無意識に警戒してもしょうが無かったさ。」「いや、ハンベエの方は初めからロキに懐かれていたじゃない。」「出会い方が全然違うだろうが。」「ふふふ、そうだったね。じゃあ、お休み、ハンベエ。」イザベラは王宮に戻って行った。 イザベラを見送り、ハンベエが部屋に戻ると、「ハンベエ、話が有るんだけど。」待っていたかのようにロキが切り出した。難しい顔付きになっている。ハンベエはさっきのイザベラに対する態度が普段と違ったらしいので、冷やかされるのかと一瞬勘繰ったが、全く違う話だった「この前、御前会議でナーザレフ一派についてオイラ許せないって言ったよねえ。」ああ、そうだったな。子供を売り飛ばす、とんでもない連中だって。」「今日、ザック達と会って、その連中の詳しい話を聞いて来たんだよ。ザック達もオイラがカクドームに行ってる間に色々調べたらしいんだ。」「・・・・・・。ふーん、しかし、子供のみで諜報の真似事するのは危険だぞ。今やあちこちで色んな眼が光ってるからな。」